選択的夫婦別姓の実現はいつ

夫婦別姓巡る訴訟、サイボウズ社長ら二審も敗訴

私は婚姻により戸籍名は変更したのだが、仕事上では旧姓を使用している。過去のブログ記事にも、旧姓使用にまつわるあれこれを綴ってきた。

公認心理師登録証が旧姓併記できるようになりました!公認心理師現任者講習、旧姓で受講してしまった…!パスポートの別名併記

研究者の旧姓使用はそれほど珍しいことではない。旧姓を使用する理由として最も多いのは、新姓への変更により、論文等の業績が断絶されてしまうことだと思う。

私の場合は、悲しいことに旧姓時代に業績をあまり残せていなかったので、新姓に変更してもキャリアにそれほど影響はなかったと思う。それでも、働き始めてしばらくしてから旧姓使用の手続きをとった。申請はあっけないほど簡単だった。

私には理解できないのである。人生の伴侶を見つけ、婚姻関係を結ぶことは結構、しかしなぜ姓を統一する必要があるのか?なぜつい最近まで旧姓で呼ばれていた人たちに、結婚したからといって新姓で呼ばれる必要があるのか?

私も理解しているつもりである。日本の伝統的な家族の形態が、家の存続というテーマに基づくため、姓を統一することがより合理的なのだろう。土地や墓といった所有と相続の対象が家のシンボルであり、伝統的に男子・長子がそれを継承してきたという歴史。

私が旧姓にこだわる個人的理由の一つが、この「跡取り」というやつで私自身幼い頃から周りの親族に将来家を継承するように言われてきた。自分自身は家に関してはまったくこだわりはなくむしろそんなもの継ぎたくないと思っていた。べつに実家が嫌なわけではない。この時代に、誰だってそんな面倒なもの嫌だろう。

問題は、夫もこの跡取りというやつであり、結婚時に当人たちおよび親戚のさまざまな思惑とどうにもならない流れというものがあり、結果夫の姓になった。

姓が変わって感じたことは、ただただ、名前が変わるという違和感であった。なんとなく結婚によって相手の「物」になった感覚。被害妄想かもしれないけど、いわゆる日本の「嫁いだ」というように周りに認識される感覚。毎日よばれる名前、書類上の姓名、名刺、印鑑、免許証や保険証、病院の受付で呼ばれる名前、それらが今までと変わることの気持ち悪さ。こういう言い方はしたくないが、やはり自分の身に降りかからないと実感できないことかもしれない。

この気持ち悪さに耐えきれず、旧姓使用を決心した。

現状、仕事では変わらず旧姓で認識してもらえているし、別名併記できる公的書類も徐々に増えつつある。それでも、子どもに関することや、本人確認が必要なものは、どうしても戸籍名を使わざるを得ない。2つの姓が日常に混在していると、なにか自身が分裂してくかのような感覚に陥る。私の場合は、新姓を目にするたび、すこしずつ気持ちが蝕まれていく。

アイデンティティの連続性を保証したい。

たかが名前、と思うかもしれないが、少なくとも私にとってはQOLを大きく左右する問題なのだ。

最近、選択的夫婦別姓の導入を後押しする気運が高まっている。だが、実現にはもう少し時間がかかりそうだ。どうか、私が生きているうちに、なるべく早く実現することを願っている。ただ私は選択肢がほしいだけなのだ。

 

 

わたしはわたしであり、他のなにものでもないということを日々感じていたい。

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